2005年09月12日

株式オンライン取引開始へ

1987年に開始した株式取引は2年後に学校を卒業するまで続けました。手法は監視する株価を新聞を毎日見てPCに手入力して、それを簡単なテクニカル分析によって買い時・売り時を判断するという単純なものでした。いわゆる「押し目買い」です。それでもバブル絶頂に向けて株価は右肩上がりだったこともあり、50万円で始めた資金は100万円を超えました。しかし卒業して就職してからはこれを続けるのは困難だろうと考え、卒業を機にきっぱりやめて、儲けは卒業旅行の資金となりました。

就職後は実際忙しかったこともあり、株式投資は中断していました。バブル崩壊を横目で見ながら、急落した銘柄のリバウンド(短期間で急落した株価が反発すること)を狙って数回短期売買をした程度でした。取引は引き続き山一證券での電話注文だったのですが、1997年に自主廃業に追い込まれてしまいます。騒動が一段落してから入り口を警備員で固められた支店に出向いて、資金を引き出したことを覚えています。

資金を移した先は大和證券でした。ここには山一證券が自主廃業する1年前に口座を開設していました。当時インターネットを使ったオンライン取引(株式取引注文)に積極的な証券会社であると考えたからです。さらにここでは株式ミニ投資という通常の10分の1の投資金額で売買が出来るユニークな制度も始めていて、インターネットで発注できる手軽さと合わせ投資の勘を取り戻すのに最適と考えたのでした。ここで少額の資金で株式ミニ投資をオンライン取引で始めていました。

こうして大和證券で投資の勘を取り戻したことに加えて、山一證券からの資金も加わって本格再開の準備が整ってきましたが、もう一つ重要なことがあります。それはインターネットを利用した株価データの公開です。インターネット経由で株式注文は可能になったものの、株価データをインターネットに乗せて公開することは問題点があってなかなか実現しませんでした。これではまだ不十分です。

それがある時期に大和證券では口座開設者には画面からの入力で任意の銘柄の株価が自由に検索できるようになりました。リアルタイムのデータも可能だったと思います。次いでYahoo!が20分遅れながら誰でもインターネットで株価が見れるサービスを開始しました。ここでようやく私が夢見た投資環境が実現することを確信しました。苦労の末、全銘柄の株価データを取り込んで表計算ソフトのExcelに転記するプログラムを開発したのです。それまでは限定銘柄を手入力したデータで実施していた各種テクニカル分析が、全銘柄を対象に広がるという点で画期的でした。
posted by 徳山秀樹 at 13:30 | TrackBack(0) | 株式オンライン取引入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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